博物館で朗読劇を上演するリーディングミュージアムシリーズの第一弾『東京方舟博覧記』が2024年10月25日~27日の3日間、東京国立博物館 本館エントランス前にて上演される。普段は博物館として運営されている東京国立博物館の入口に、大胆にも照明・音響機材を設置。観客は並べられた椅子に座り約75分の観劇体験を味わった。

脚本は朗読劇『ジャックジャンヌ』や舞台『ブラックジャックによろしく』の脚本を手掛けた白川ユキと、朗読劇『ひぐらしのなく頃に』、舞台『結城友奈は勇者である』の脚本を手掛けた月森葵の共著。演出は『恋と嘘』『青野くんに触りたいから死にたい』などの“目で見て楽しめる朗読劇”を作り、評価を集めている田邊俊喜が担当した。出演者は、北村諒・黒羽麻璃央・佐藤流司・松田凌・三浦涼介といったキャストが揃った。

屋外の、厳かな東京国立博物館の入口の前に座って待っている……という状況がまず特殊で、固唾を飲んで開演を待っていると、どこからか鈴虫の鳴く声が聞こえてきます。これは自然の音なのか、冒頭から不思議な没入感がありました。
博物館が通常営業を終えて閉館してから準備が行われる関係で、開演時間も異例の20時(27日のみ19時)。普段は見ることが叶わない暗くなった博物館の入口に、ぼんやりと人影が現れます。黒い服を身に纏い、何かを探してさまようように踊る「影」のダンサーたち。そこに、今回のストーリーテラーとして現れた端正な顔立ちの青年(演・北村諒)は、自分が今、東京国立博物館で特別展が行われている最中でもある“はにわ”であると名乗りました。
“はにわ”の語りによって始まる今回の物語。その舞台は1872年(明治5年)の上野で、まさに会場となっている東京国立博物館を初代館長である町田久成(演・松田凌)が創設した経緯が、オリジナルストーリーとして展開されます。

物語冒頭、仕事が上手くいかない町田は酔った勢いで上野の山――寛永寺の焼け跡が残る東叡山に迷い込んでしまいました。そこで彼は、刀を持った不思議な青年(演・佐藤流司)と出会い、あわや切り殺されそうになるも――「その刀、四谷正宗かい?」そう話しかけられたことで、青年の動きがぴたりと止まります。刀が好きだったその青年は、熱く語りだした町田につい心を許し、2人は時間を忘れて語り合うのでした。

町田は、こんないい夜に出会ったのだから本当の名前を名乗りあうのは無粋だ、として自らを“良太郎”と名乗り、青年には“上野くん”という渾名をつけます。その後も何度か交流を続ける2人。明治維新における廃仏毀釈で、貴重な宝物や仏像が壊されてしまうことに憤りを感じていた町田に「嵐も大砲も突っ切って進む強い船」でどうにかしたらいい、とおざなりなアドバイスをする“上野くん”でしたが、それを聞いた町田は「それだ、船だ!この国の文化を詰め込み未来へと渡す方舟を作るんだ!」と、イギリスの大英博物館のような建造物を作ろうと画策し始めます。
“上野くん”の助言から博物館建設という目標ができ、爛々とした瞳で邁進する町田ですが、一方で“上野くん”の表情は曇っていきます。町田が“上野くん”と呼ぶ彼の正体は、実は上野戦争で明治新政府軍に敗れた彰義隊士の幽霊。そんな彼を使役していたのは、生前・徳川家康に使えていた天海大僧正(演・三浦涼介)でした。天海は家康が築いた江戸を再建するため、“降魔の剣”と呼ばれる刀を藤堂高虎(演・黒羽麻璃央)に探させていました。一方の高虎は、家康に固執し傍若無人なふるまいをするようになってしまった天海や、成仏できずにいる“上野くん”に思うところがあるようで――。


時に暑苦しくも、どうにか手を貸してあげたくなってしまう……そんな人徳が垣間見える町田久成の生涯を、最後まで全力で演じた松田。そしていわゆる“陽”の人間である彼とは対照的に、陰気でぶっきらぼう、それでいて情に厚い“上野くん”を佐藤が丁寧に演じており、2人の友情は王道でありがならも、観客の胸を打つストーリーとなっていました。
さらに“陽”と“陰”でいうと天海と藤堂高虎もまた対のような存在で、過去に縛られ、まるで悪霊のようになってしまった天海と、西洋の文化にも興味を示し、常に前を向いて進む藤堂高虎を、三浦・黒羽の2人が見事に演じ切っています。特に終盤の三浦の迫真の演技は、胸に迫るものがありました。
そして北村諒はストーリーテラーの“はにわ”だけでなく、作中でいくつもの兼役をこなしており、その器用さを改めて実感しました。特に北村が大久保利通役として町田と鹿児島弁で語り合うシーンは、あまりにも流暢で驚いたポイントでした。


昨今、イマーシブシアターなど観客が物語に没入できる新しいエンターテインメントが話題ですが、今作からはそれらと似て非なる、新たな可能性を感じました。近年ではプロジェクションマッピングによる背景投影などの技術の進化によって、よりリアルな情景を観客に見せることにも成功していますが、やはりどうしたって“本物”に勝るものはないのかもしれない――実際の東京国立博物館を劇場にされてしまっては、そう感じざるを得ないというのが正直な感想です。物語の終盤、踵を返して颯爽と建物内に入っていく町田の後ろ姿を観ていると、今、本当に自分はタイムスリップをして明治時代にいるのではないかという錯覚すら起こしました。

普通では味わえない、唯一無二の観劇体験になることでしょう。3日間限定の特別な公演をぜひ味わってみてください。
ゲネプロレポート執筆:通崎千穂(SrotaStage)